お通夜と成年後見人

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3年前から私が成年後見人を務めていた被後見人のおじいさんが先週末に亡くなり、本日お通夜に行って来ました。
もともとは複数の会社を経営されていた方だっただけに、たくさんの方がご焼香に訪れており、たくさんの生花も立っていました。
ご焼香後の精進落としも、大勢の人で賑わっていました。
こういうとき、成年後見人だった弁護士の身の処し方って、なかなか難しいですよね。
お通夜の席って、生前の故人にゆかりのある方々が集まって、故人の話に花を咲かせたり、それぞれ旧交を温め合ったりするわけじゃないですか。
でも私の場合、おじいさんの身内の方が申し立てた成年後見審判事件で、家庭裁判所から選任された成年後見人なので、おじいさんと初めてお会いしたときは、もう既にいわゆる意思能力が大きく減退した状態でした。
つまり、おじいさんときちんとお話しできたことが一度もないわけです。
お金の管理などは全部やっておりましたので、成年後見人に選任されてから亡くなるまでの故人の経済状況については喪主の方よりも詳しいくらいですが、残念ながら語れるほどの生前の故人の思い出がないのです。
何かさみしいですよね。
結局ご焼香が終わったら、そそくさと帰ってきてしまいました。
生花を出すのも何か「俺は成年後見人だ」「この人は意思能力を失ってたんだ」的な感じになりそうではばかられるし。
他の参列者の方との話も難しいし(「私は成年後見人だったんです」って話が弾むとはおよそ思えませんよね)。
成年後見人は陰の存在で良いはずなので、それで良いのだとは思いますが。
やっぱり何かさみしいですよね。
自分なりにこの3年間、よかれと思っていろいろな仕事を一生懸命こなしてきたのですが、
それらをご報告しようにも、ご本人との会話は非常に難しいわけで。
そして、ある日ご本人が亡くなると、成年後見事件は自動的に任務終了と相成るわけです。
ある程度予期してはいましたが、やはりあっけないもんです。
一度で良いから、ご本人にきちんと仕事の内容をご報告して、ご本人の感想を聞いてみたかったな。
弁護士の仕事に対する原動力って、案外そんなもんですよ。
依頼者の方の笑顔が見たいから頑張るんです。
厳密に言えば私に対する本件の依頼者は家庭裁判所になるのですが、私から見れば、やはりご本人こそが依頼者なのです。
私の仕事ぶりに満足してくださっていると良いのですが。
おじいさんのご冥福をお祈りして。
合掌。
ではまた。